α1アンチトリプシン欠損症 (AATD)

α1-antitrypsin deficiency


 α1アンチトリプシン欠損症(α1-antitrypsin deficiency: AATD)では、SERPINA1 [serpin peptidase inhibitor, clade A (alpha-1 antiproteinase, antitrypsin), member 1]遺伝子の変異により、肝細胞内でのα1アンチトリプシン(α1AT)分解や蓄積、α1AT自体の立体構造の変化による好中球エラスターゼ阻害活性の低下などによりさまざまな症状をきたします。

小児では胆汁うっ滞性肝障害、成人では早期発症型肺気腫の原因となります。血液検査で血中α1AT低値を示すことが特徴的です。胆汁うっ滞性肝障害に対しては自然軽快するものも多いですが、肝障害が進行性の場合、肝移植以外の根治術は存在しません。

小児の胆汁うっ滞性肝障害例の予後は、成人例と比較すると良好で、肝移植例の20歳までの生存率はおよそ75%です。

疫学

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 97か国に及ぶ世界的な疫学調査で、およそ0.1-0.7%の人に原因遺伝子の変異があるとの報告がありますが、90%以上は無症状です。欧米白人では、2000から5000人に1人と報告されていますが、日本では1000万人に2例程度という極めてまれな疾患です。

原因

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 AATDは常染色体劣性遺伝形式をとり、責任遺伝子はSERPINA1遺伝子です。α1ATは、肝臓で合成される糖タンパクで、肝臓で合成されたα1ATは、血流を介して肺に拡散し、好中球エラスターゼ阻害剤として肺胞壁の障害を防ぐ作用があります。AATDでは、好中球エラスターゼの作用を軽減できないことから、肺胞壁が障害され早期発症型肺気腫を発症します。また、SERPINA1遺伝子変異は小胞体ストレスを増大させ、肝細胞を障害し、慢性肝障害を起こすと考えられています。

症状

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 小児期には多くの症例は無症状ですが、一部の症例は黄疸(皮膚が黄色くなる)や灰白色便などの胆汁うっ滞性肝障害で発症します。最近の報告によると、小児期に発症したAATDでは、肝機能異常や凝固能異常を9%、黄疸を2%、門脈圧亢進症を7%、肝硬変を8%に認め、17%に肝移植が実施されています。そして、小児例の10-50%の症例では肝障害が持続します。成人期には労作時呼吸困難、慢性の咳嗽・喀痰などの様々な呼吸器症状で発症し、若年生の肺気腫像を呈します。

検査所見

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 小児での胆汁うっ滞性肝障害例、成人での呼吸器障害例ともに、血液検査で血中α1AT低値を示すことが特徴的です。一方、成人例では胸部X線検査やC T検査で肺気腫像を呈したり、呼吸機能検査で1秒率の低下を呈すものが多いです。小児例では、むしろ胆汁うっ滞性肝障害(もしくは偶然発見された肝障害)が多いですが、血中α1AT欠低値以外に特徴的な検査所見はないため、原因不明の黄疸、肝機能異常、肝疾患を認めた場合には血中α1AT値を測定する必要があります。また、血中α1ATが低値(軽症:50-90mg/dl, 重症:<50mg/dl)であった場合、本疾患の原因遺伝子であるSERPINA1の遺伝子型変異を検索する必要があります。

診断基準

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A.症状(発症年齢、発症要因)
1.労作時息切れ
2.喫煙の影響を、その発症要因からはほぼ外すことが可能であり、55歳未満で発症・診断
 
B.検査所見
1.呼吸機能所見
気管支拡張薬吸入後でもFEV1/FVC(一秒率)<70%
2.胸部画像所見
閉塞性換気障害の発症に関与すると推定される気腫病変、気道病変
3.血清α1-アンチトリプシン濃度
α1-アンチトリプシン欠乏症は血清α1-アンチトリプシン濃度<90mg/dL(ネフェロメトリー法)と定義され、軽症(50mg/dL≦血清AAT<90mg/dL )、重症(血清AAT<50mg/dL)、の2つに分類される。
 
C.鑑別診断
通常の慢性閉塞性肺疾患(COPD)、気管支喘息、びまん性汎細気管支炎、閉塞性細気管支炎、気管支拡張症、肺結核後遺症、塵肺症、リンパ脈管筋腫症、ランゲルハンス細胞組織球症
 
D.遺伝学的検査
1.α1-Pi(SERPINA1)遺伝子
2.閉塞性換気障害の発症に関与していると推定される遺伝子変異。
 
<認定のカテゴリー>
Definite:A-1、2+B-1、2、3を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外しえたものであり、B-3の血清α1-アンチトリプシン<50mg/dL。
Probable:A-1、2+B-1、2、3を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外しえたものであり、B-3の血清α1-アンチトリプシン50mg/dL以上90mg/dL未満。
Possible:A-1、2+B-1、2を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外しえたもの。

※上記は成人の呼吸器障害例を想定されて作成された診断基準であるため、小児の胆汁うっ滞症例に同様に適応するべきかは議論の余地があります(筆者注)

治療法

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 胆汁うっ滞性肝障害に対しては自然軽快するものも多いですが、肝障害が進行性の場合、肝移植以外の根治術は存在しません。肺気腫に対しては安定期では禁煙、インフルエンザワクチン、全身併存症の管理を行いつつ、重症度を総合的に判断し、呼吸リハビリテーション、薬物療法、酸素療法、補助換気療法、外科療法などを選択します。適応基準を満たせば、肺移植は重要な治療選択肢の一つです。海外ではAATDに対してAAT補充療法が行われ、CT画像上の気腫病変進行抑制効果が報告されています。

予後

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 小児期に肝障害が重篤でなければ、生命予後は良好です。非喫煙者における平均寿命は一般人口と大差なく、中等度の肺機能障害を認めるに過ぎません。閉塞性呼吸障害は男性、喘息、反復性気道感染、職業性塵暴露者に高頻度に生じます。死因は呼吸不全(50~72%)、肝硬変(10~13%)が多く、年間死亡率は1.7~3.5%程度です。

参考文献

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  1. M. Torres-Durán et al., Alpha-1 antitrypsin deficiency: outstanding questions and future directions. Orphanet J Rare Dis 13, 114 (2018).
  2. I. Blanco et al., Alpha-1 antitrypsin Pi*SZ genotype: estimated prevalence and number of SZ subjects worldwide. Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 12, 1683-1694 (2017).
  3. F. J. de Serres, I. Blanco, Prevalence of α1-antitrypsin deficiency alleles PI*S and PI*Z worldwide and effective screening for each of the five phenotypic classes PI*MS, PI*MZ, PI*SS, PI*SZ, and PI*ZZ: a comprehensive review. Ther Adv Respir Dis 6, 277-295 (2012).
  4. F. J. de Serres, Alpha-1 antitrypsin deficiency is not a rare disease but a disease that is rarely diagnosed. Environ Health Perspect 111, 1851-1854 (2003).
  5. I. Blanco et al., Alpha-1 antitrypsin Pi*Z gene frequency and Pi*ZZ genotype numbers worldwide: an update. Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 12, 561-569 (2017).
  6. K. Seyama, T. Hirai, M. Mishima, K. Tatsumi, M. Nishimura, A nationwide epidemiological survey of alpha1-antitrypsin deficiency in Japan. Respir Investig 54, 201-206 (2016).
  7. S. A. Townsend et al., Systematic review: the natural history of alpha-1 antitrypsin deficiency, and associated liver disease. Aliment Pharmacol Ther 47, 877-885 (2018).

最終更新日:2020年5月29日